逢魔の扉を前にして 〜収録談話 なれそめ篇 4



「では、中島くんは太宰さんとD3号室へ。」

深夜ドラマ「逢魔の扉」いよいよの制作始動ということで、
某ホテルの会議場にて豪華な出演者陣の顔合わせが執り行われ。
その後、荒野シーンの舞台となるロケ地にて、
宣材用のスチール写真やキービジュアルの撮影と相なっており、
人数の関係で、観光用の豪華特急にての移動となった。
道路が通ってないところでもなし、
随伴する人が多数いるよな大御所様などは
事務所が仕立てた上級ボックスカーでという別行動だったりもしたが、
主役の敦少年やら、メインとなる術師役の方々の大半は
和気あいあいという雰囲気のまま、特別仕立ての列車に乗り込んでゆく。
発車するまでに指定された個室へそれぞれが落ち着き、
大きく刳れた窓から望める、まだ街の中ながら緑の多い風景がゆっくりと流れ始めるのへ
何とはなく口元がほころんだ太宰だったりした。
今回もまた新しいジャンルへの挑戦のようなもの。
一年ほど前に刑事もので活劇も多少はこなしたものの、
そのあとはシティ派とか叙述型とか、理詰めで謎を解くよなものが多かった。
格闘シーンが多くて、思い切り体を動かす作品は、もしかせずとも初めての挑戦だったりする。

 “ずっと出ずっぱりみたいなんだよね。”

これをと望んだわけじゃあないが準主役という役回りだそうで、
読者にはかなり人気なキャラクターでもあるのだとか。
まんがやジュブナイルが原作という脚本は、
少年少女向けの作品ではあれ、これでなかなか馬鹿にしたものじゃあない。
最近は特に、通り一遍な定型ぽい作りなんかじゃあなく、
複雑な人間関係や切ない因縁というものがそれは巧みに仕込まれていたりもするから、
本来の対象外、大きいお姉さんなどへも愛読者を開拓してしまったりするのらしい。

「お茶、淹れましょうね。」

特別観光特急なため、途中でいちいち停車することもなくのほぼ直通。
目的地までは2時間弱と訊いているので、
ちょっとした談笑でもしておればあっという間。
新人だという主役の少年は、活劇経験があるところを買われたというが、
それにしてはそりゃ愛らしい風貌をしていて、
紫と琥珀が合わさったような宝石色の双眸に、染めてはないという銀色の髪。
面差しは柔らかで体躯も細っこく、
だが動作がきびきびしているし、さりげなく力持ちでもあるようで。
アクション系の事務所にいるというし、
活劇噺の前衛担当というから、そこそこ以上に格闘にも秀でているのだろう。
体育会系という雰囲気はないが、
それでも礼儀のようなものはきっちりわきまえているようで。
必要以上には寄らず触らずの距離感は、場を取り繕おうというそれでもなくて。
そうかと言って新人だし年下だからという腰の引けた様子ではなく、
あくまでも自然体なまま、お行儀のいい態度なのが好ましい。
今も、壁際に据えられたサイドボードの前に立つと、
手際よく急須に煎茶を投じてお茶の用意を手掛けており。

 「あ、コーヒーのほうがよかったでしょうか。」

確か給湯室に用意があるとか、と、
乗車した際にあった説明を覚えていたのだろ、手を止めて声をかけてくる。
いや、お茶が飲みたいなと笑いかけ、

「美味しいのを。」

からかうように付け足せば、
いたずらな付け足しだと判っているのだろ、
それでもちょっぴり首を縮めて照れつつ “はい”と答えるのが何とも愛らしい。

 “よほど大切に育てられたのだな。”

世に悪意というものがないかのような環境、
そんな奇跡のような苑で伸び伸びと育まれたような、
無垢な善性だけを感じる無邪気な少年。
こんなややこしい業界によくも入ってきたなと、
そうだな、あの赤毛のお兄さんとかが、
何をおいても守ってやりたいと躍起になるのも無理はないのかもだねと。
台本をバッグに詰めながら、ふとそんなことを思い出す。
著名な俳優なのは知っていたが、
拠点を海外に置いていたし、主に本編(映画)でのオファーばかりをこなしていたので、
自分とはほぼほぼ接点もなく。
これまでは共演どころか影さえ触れなんだ存在が、
こたび共演となって間近になった途端に
にっこり笑いつつもとげとげしい顔をするのへ早くも気づいていて。
接点なんてなかったはずだが、
気づかぬところで何か意趣でもあったってのかなと気になって、
要注意か?との付箋を貼りたくなっていたところ。(……笑)

 “活劇のあれやこれやを伝授している、愛弟子みたいな存在なんだろか。”

そんなものを育成するような人物なのか、
自分とさほど変わらぬまだまだ若い彼だと思っていたのだがと、
ついついぼんやりと考え事を巡らせていた、それだけ気を抜いていた間合い。

  思わぬタイミングだったのは不可抗力ともいえ

ふぁぁーんっっという甲高い警笛が突然鳴り響き、
そこに音を探すように宙へと視線を挙げたのとほぼ同時、
何が起きたか、不意打ちで急ブレーキがかかったらしく、

「うわっっ!」

車輪がすさまじいまでの軋みを響かせ、列車がつんのめるように速度を落とす。
小刻みには停車しない特急列車だと油断しきっていたこともあり、
簡易な応接間のような個室だということもあっての立ったままでいたのがよろしくなく。
慣性の法則というのが起こって、
支えのない身は進行方向へと倒れ込むようにたたらを踏むこととなる。

 「わ…っ。」

列車まるごとの貸し切りという特別車両。
昼のうちなので寝台もなくの
ちょっとしたホテルのリビングのような、ソファーとテーブルが設置された個室の一角、
上着や手荷物をクロゼットへ仕舞いかかっていた彼らであり、
そこへと突然ドンっという衝撃が襲ったため、そのまま前方へ勢いよくつんのめる。
思いもよらない突発事であり、
いくら反射の鋭い若いのであれ、踏みとどまるのはむつかしいこと。
そんな突発事のさなかに、

 「……っ。」

丁度進行方向側に立っていた少年が、何を思ったか太宰の懐ろと飛び込んで来、
こちらの上体を抱え込んだそのまま後背のソファーへと背中から倒れこむ。
あっという間の仕儀であり、
あっさりと懐へ飛び込まれたのは油断していたからでもあったが、
そこから続いた動作はどう見ても、
踏ん張らなくていい、倒れ込んでいいという導引で。

 「な、何をしてるんだ、君はっ。」

どう考えても、自身の身をクッション代わりにし、太宰をかばったとしか思えない。
付き人やスタッフじゃあない、
自分だってその身を優先しなけりゃいけないと言われていよう、秘蔵っ子俳優だというに、
それどころかこのドラマでは替えの利かない主役だというに。
なんでまた他人を守るように優先するのかと、
信じられない無謀を叱咤するよに声を張った太宰だったのへ、

 「いえあの、僕は頑丈ですから。」

間近になった童顔がへらりと情けなく笑う。
怒鳴られたのへ縮み上がるのじゃあなく、困ったように眉尻を下げ、
華奢に見えてか庇われがちなんですが、これでも筋組成には自信ありますしと、
それでも身長差があってのこと、精一杯に腕を広げたうえで包み込む格好になっている体勢は、
見るからに危なっかしいガードでもあって。

 「あなたの身に何かあったら、それこそ大変じゃないですか。」

日本中にファンの方がいるっていうのにと、
当たり前の優先順位だと言わんばかりな顔をする彼で。
今の知名度を得てから、割と誰からもそんな扱いを受けることも多かったが、

 「なんで…。」

どうしてこの彼がそうまで構えたのかと、それがどうにも衝撃的で。
幼い身なのにとか、まだそれほど親しくもないのにとか、
そういった一通りの理屈を吹っ飛ばし、
何か…何と言っていいものか、この“彼”が何故にというところが
無性に理不尽な印象で太宰の感情を揺さぶっている。
まだ通り一遍の付き合いしかない、何なら顔見知りレベル、
実際に逢ったのは今日がお初という相手だのに。
意外な人物が保護者然と付いていたのへ、ちょっぴり関心がわいているこたいるが、
まだ何の手もつけちゃあいない。
だっていうのに、彼が身を挺してくれようというのはおかしいと、

 “…なんでそう思うんだ?”

そんな自分の反応へも理解が追い付かない。
強いて言えば、大人なのに守られた自分が不甲斐ないという感触だろうか。
活劇の足しにと格闘をたしなむと聞いているので反射で出遅れたのはしょうがない。
だが、こうまでその身を投げ出す反射に、どこかで覚えがあって……

 ___ キミはもっと自分を大事にしたまえよ

そんな声がよみがえる。
ほかでもないこの自分が、そんな風に誰かを叱った覚えが……

「どこかぶつけましたか?」
「いや…それはないけれど。」

不意に呆然としてしまったの、具合が悪いのかと案じられ、
いやいやそういうんじゃあないんだよと慌ててかぶりを振る。
実際のところ、結構勢いよく倒れこんだのに
ぶつけたり捻ったりしたというよな痛みや不具合はない。
危なっかしく思えたが、言われてみれば懐の開き方などに心得がある構えでもあって。
太宰があまりに長身だったので頓珍漢なことをしたような構図になっているものの、
顔やら頭、首や胸部といった急所はしっかとカバーされており。
倒れこんだ時に間合いのようなものを上手に読んで、ふわりと衝撃を受けとめもしたのだろう。

 “さすがは活劇を勉強している身だということか。”

年少さんをいつまでも下敷きにしているわけにはいかぬと、そこは判断も早く
身を起こしながら手を伸べて、引っ張り起こしてやりかかったそんな間合いへ、

「敦っ、無事か?」

あちこちで転倒した乗客が出ているものか、
遠くに近くに乗務員の声掛けやら子供の泣き声でざわざわしている通路側の扉が
前触れもなく大きく開いて。
それはそれは案じてしまっての無作法だったのだろうが、
日ごろも突慳貪な美貌をぎょっと弾けさせたそのまま、
大股に歩み寄ってきた赤毛の君が、

「貴様、何しているっ。」
「誤解だ、誤解。」

大方、自分が少年を突き飛ばすがどうかしたのかと見たのだろうが、
身長差もなにするものぞと、太宰の胸倉掴んで噛みついてきたのへ、
こちらも珍しく、取り繕うこともなしの真正直に
両手を掲げる“降参のポーズ”でやや焦って言い返して見せれば、

「敦。」

そんな二人の傍らをすり抜けて、
黒髪細身の青年が、そちらは冷静さを保ったまま、
何の衒いもない身の捌きようでソファーまで歩み寄っており。
相手のすぐ側へかがむと、
太宰が途中まで引き起こしかかっていた弟分の肩へ手を置いて

「無事か?
 後から滲み出す捻挫もある。どこを打ったか判るか?」

どこも傷めてはないかと静かに声をかけている。
ソファーといっても本格的なそれじゃあない、
ましてやこんな事態への防具になるような強度もなかろうし、
少し柔らかめの壁へ受け身をとりつつ倒れ込んだようなもの。
それを見抜いて大事はないかと気遣った彼であるようで。

「本当に大丈夫。室生先生に教わってた受け身?をちゃんと使ったから。」

ただ打ちのめす術だけではなく、護身のための体捌きも学んでいるようで、
それが咄嗟に出せていたからと少し含羞みつつ応じており。
先ほど同じことを訊いていた太宰もやっとホッとして胸を撫でおろしている。

 「出発してまださほど進んではなかったのが幸いだな。」

列車が急停止したのは線路上に異物があったかららしいと、
敦の状態を見つつ、どんな突発事が起きたのかを説明してやっている。
自分たち一行の貸し切りなのはこの車両とあと2両で、
仲間内は点呼をとったところ全員無事だが
前後の車両の乗客に怪我人が出てはないかを確認中だとか。
あと、線路などの保全確認にも多少は時間がかかるだろうから、
しばらくは足止めになろうなという話。
まだ都心寄りなので、何なら別の足として観光バスなど仕立てるのもありだろうが、
そのあたりはスタッフ陣が考えることなのでともかくとして。
急停車からすぐさま飛んでこなかった中也や芥川だったのは、
鉄道関係者の説明を受けていたかららしく、
何ともないよぉと、ちょっぴり眉を下げて笑った敦へ、
はあと吐息をついた芥川がそのまま相手の肩口へ額を載せる。

 “……。”

ただの過保護とも違う何かを感じて、ついつい視線が外せない。
公表されているプロフィールによれば、彼ら同士は誰とも血縁ではないはずで、
だがそれにしては敦を大事に囲うさまがやや大仰。
活躍の基点もぴったり重なってはないようだし、
知人同士という間柄なのが、今回は共演と運んだ…というだけなのか?

 “……というか、中原中也ってもしかして。”

何とはなく避けられていて、こちらからもまだ積極的には注意を払ってなかったせいで、
あんまり深く考察しちゃあいなかったが、
敦へと向ける表情や何やに滲む、感情的な様子に覚えがあって……

 不意に頭の中で様々な声が目まぐるしく反響する。

世話をかけるな、こんの自殺マニアがという罵倒や、
立案通りに作戦をこなしたところへ、
褒めもしないで上げ足をとっては噛みつき合ってたやり取りの残滓。
何もかも見通せて面白みのない世界の中、いちいち噛みついてくる反応が面白くって、
珍しくも構い立てしていたそのかけらが遠く近く弾けて鳴りやまぬ。

 “……ああ、これは。”

では移送の手段を講じなければと
ばたばたと次の段階への打ち合わせをするスタッフらを横目に、
何とも空気の異なる静けさをたたえていた個室だったが、

 「…ねえ、もしかしてキミたちってさ。」
 「それをここで口にすんじゃねぇよ。」

まだ何も言ってはないも同然だというに、
ぼそりと間近で落とされたのは
前世でもここまでのそれはなかったほどの殺気を帯びた囁きで。
その一言ともう一人は敦の傍らでという位置関係ながら、
二人が帯びた同じ質の剣呑さで、ああそういうことかと
それも持ち越してきた回転の良さから瞬時に察した太宰である。




     〜 to be continued.

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  *やっとのこと4人揃いましたよ。
   とはいえ、もうちょっと続きます。
   よろしかったらお付き合いのほどを。